vol.17 自然で深い眠り — 睡眠学者の人生を変えた琉球伝承植物

 薬学博士・江口直美氏(ソムノクエスト株式会社代表取締役)は、人が眠りに入っていくために体内でつくられる睡眠物質(内因性物質)を発見した研究グループの一員という経歴を持っています。生薬学や酵素学を元々の専攻とする江口博士は、睡眠物質の体内での動き方(体内動態)の解析や、睡眠物質を合成する酵素と、その物質が体内で働くための受容体が脳内にどのように分布しているかを可視化する技術の導入など、重要な研究手法を確立し、現代の睡眠科学研究の発展に大きく寄与した人物として高い評価を受けています。

 その一方で江口博士は、多くの睡眠薬が中枢神経に作用し副作用を伴うことから、睡眠薬の開発に限界を感じている先端的研究者の一人でもありました。

運命の出会いの舞台は、シンガポール

 「あれは、忘れもしない2006年7月13日…」と江口博士は感慨深げに振りかえりました。当時、江口博士はシンガポール政府が展開するサイエンスパーク内に創設された早稲田大学とオリンパスの共同研究施設で、行動神経科学研究室長として勤務していました。そこに訪れたのが、海外拠点のひとつとしてシンガポールに事務所を置く公益財団法人沖縄県産業振興公社。その専務理事が率いる数名の視察グループでした。
生薬学の観点から南方の植物に関心を抱いていた江口博士は、視察グループに「元気になれるとか、よく眠れるような植物など沖縄にないですか?」と尋ねたそうです。

 その場ですぐに返ってきた答えが「クヮンソウ」という琉球伝承の健康野草でした。後日、江口博士はクヮンソウ粉末の提供を受け、研究プロジェクトが立ち上がりました。クヮンソウを食すると自然な眠りに誘われることに着目し、その脳波のパターンを解析しました。すると、睡眠薬の服用では得られない、自然な眠りに近い脳波パターンが観察されたそうです。睡眠科学の研究を一筋に、そして先端を走ってきた研究者だからこそ、この現象が大きな可能性を秘めていると気づくことができたのです。

  • テキスト

    薬学博士 江口直美氏

  • テキスト

    沖縄名:クヮンソウ
    和名:あきのわすれぐさ
    (写真提供:ソムノクエスト株式会社)

 クヮンソウについては沖縄の学術界でも既に注目されており、琉球大学(当時)の栄養学者・上江洲榮子博士が薬膳料理素材としての価値を見出していましたが、その機能のメカニズムを解明するには薬学の分野からの研究を必要としていました。
江口博士は、クヮンソウが血流を良くし深部体温を下げることで、自然な眠りを誘導することを発見しました。それは、副作用を伴う睡眠薬のメカニズムとは異なるものでした。

 さらに江口博士は、琉球に伝承されるシンジムン(煎じ物)という薬膳料理の調理法をヒントに、クヮンソウのエキス抽出に成功。そのエキスはヒプノカリス®と命名されました。ヒプノカリス®に含まれるクヮンソウ由来ウンシノシドAという物質が、深い眠りをいざない、目覚めたときのスッキリ感につながる成分であることも臨床試験で証明しました。

 クヮンソウとの出会いがきっかけとなり、江口博士は2009年に沖縄に移住。会社の代表として、睡眠改善支援の事業を続けています。

(一社)沖縄県健康産業協議会 専門コーディネーター 照屋 隆司(日本臨床栄養協会認定 NR・サプリメントアドバイザー/農学修士)